東海道交通戦争 第五章「高速化の『のぞみ』へ向けて」 中編
東海道交通戦争 第五章「高速化の『のぞみ』へ向けて」 中編 [歴史] 新幹線保有機構と言う後顧の憂いを辛うじて絶ったJR東海は、ようやく高速化に本腰を入れます。長年…
開発のきっかけはドイツへリニア視察に行った帰りにTGVに乗車した葛西敬之が車内で「東海道でこの速度は無理なのか」と尋ねた際にJR東海の技術陣が「270km/hならいけます」と答えたことである。1990年に量産先行車(J0→J1編成)が登場、その後1992年から98年まで量産された。93年以降製造分は山陽新幹線博多延伸用に製造された0系の置き換えを兼ねていた。のぞみ号博多乗り入れ決定後はJR西日本が3000番台を製造した。なお、形式名「300」は国鉄時代のスーパーひかり計画の時点で表記されており、これを事実上継承した。
東海道交通戦争 第五章「高速化の『のぞみ』へ向けて」 中編 [歴史] 新幹線保有機構と言う後顧の憂いを辛うじて絶ったJR東海は、ようやく高速化に本腰を入れます。長年…