中田久美「てめえら、コノヤロー!!」
ご存知、中田久美の一喝。知らない方はWikipediaを見てね。
バレーを始めたのは中学からと、現在活躍している選手たちの経歴と比較すると遅め。母親の助言から始めた。しかしながら、その秘めた才能はどんどん開花していきバレーを初めて僅か2年、15歳(中3)で全日本代表に選出される。中学卒業後は、通信制の高校に通いながら女子バレーの名門・日立でプレーを始める。当時の全日本監督であった山田重雄は、中田の素質を見抜きブロック中心のセンタープレーヤーからセッターに転向させる。すると、わずか1年でライバルの多い日立でスタメンを獲得し、同年には失セット0で全勝という快挙を成し遂げる。そして1984年のロサンゼルス五輪では日本代表に選出され出場。銅メダルを獲得した。その後も1988のソウル、1992のバルセロナと3大会連続で五輪出場を果たしているがメダルは取れなかった。当時見ていた人はバルセロナオリンピックで4位となって負けた後に中田が悔しさで号泣しながらコートから出ていった姿を覚えているのではないだろうか。そしてバルセロナ後に彼女は引退をした。しかし1995年に現役復活を宣言するが、1996年には再び「選手として」は引退する。
ご存知、中田久美の一喝。知らない方はWikipediaを見てね。