佐世保の『時雨』~白露の幸運艦、その戦いの軌跡~ 前篇
祝・『時雨』改二実装ということで、予告通りに只今参上です。前後篇に分けてありますので、今回も…
1901年10月19日生まれ。スウェーデン系移民の子孫であり、バーク家のもともとの苗字はビョーグレンだったが移民時にバークと改めたという。さほど裕福ではない開拓農民を営む親から大学の授業料・生活費を出してもらうこと難しいと察したバークは、ウェストポイント陸軍士官学校を目指すものの、推薦枠に開きがなく、結果的にアナポリス海軍兵学校の門をくぐることとなる。1923年に海軍兵学校を卒業。成績は卒業生413人中71位。卒業後、そのままの足で兵学校に入学すると同時期に付き合い始めたロビータ(ボビー)と結婚。彼女は海軍士官として任地を変えることが多いバークの良き妻として生涯を共に過ごすことになる。少尉として戦艦<アリゾナ>に乗り組み勤務。このころから勤勉かつ熱心な士官として頭角を現し知られ、周囲からは「50になる前に死ぬだろう。もし死ななければ海軍作戦部長になるだろう」と言われていたらしい。1929年、働きぶりもありアナポリスで幹部教育を受ける。ミシガン大学で化学を学び工学修士にもなっていた。この当時から将来、日本との衝突を予期していたとされる。
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